表には出ないヨーロッパの闇

表には出ないヨーロッパの闇はたくさんある。例えば東京の比較的治安が良くないとされている地域で親父狩りにあったり、変な言いがかりをつけられて殴られたり、ひったくりにあったり、そういう小さな事件はヨーロッパにもある。ヨーロッパだけじゃなくて、人間がたくさん住んでいる場所には少なからずそういう類のものはある。
それは表面的に美しい国と言われているヨーロッパ、バロック建築の街並みの中にも必ずある。人々が皆、ワイン片手に意識高い会話をしながら優雅に暮らしている、そんなのは幻想にすぎない。ヨーロッパの美しい生活に暴力や差別が似合わないと勝手に幻想を抱いているだけだ。

コロナの影響でフランスの田舎では差別的な発言や暴力を実際に受けたという人がいた。スーパーで並んでいると、後ろにいた人から中国に帰れみたいなことを言われた。最初は自分に向けられた言葉だと気がつかなかったが、会計を済ませた後に気になったので話しかけたら有色人種であることを非難され、殴られたという。彼はなにもしていない。ただスーパーで買い物をしただけだ。そしてフランスの少しばかり人口が少ない街だという。長いことフランスに住んでいるが今まではそういうことに遭遇しなかった。こういう差別はフランスに住んでいる人から良く聞く。
その後、彼は店員に通報してくれるように頼んだがシラを切られ、ほかの客たちも誰も助けてくれなかったので家にかえった。後日、思い直して警察に通報して病院で診断書をもらい、怪我の痛々しい写真をTwitterに上げた。

フランスだけじゃなく、ドイツでもスーパーに並んでいる時に罵声を浴びせられる話は良く聞く。東北大震災の時はフクシマ帰れ!と叫ばれた友人もいた。そういう輩はフランスだけじゃなく、世界中どこにもいる。街中を歩いていたり、電車に乗っていると悪ふざけしている中学生くらいの集団がフクシマ〜とかコロナ〜とか面白がって言う。私はそういうのを聞きたくないので、一人で外出する時は必ずノイズキャンセリングのついたヘッドフォンをしている。聞かなくて良いものをわざわざ聞く必要はないのだ。ただ、電車が遅れたりバスの迂回などに気がつけないという難点もあるが、心ない言葉にいちいち傷つくのに比べたらマシだ。

一番良いのは、そういう悪ふざけや暴力事件がなくなることが理想だがそれを無くそうと思ったら、学校教育の見直しや家庭環境、社会環境、政治と果てしない課題と向き合わなければならない。逃げることで自分を守るのも大切だが、時にはそれは差別ですよと戦う必要もある。ただし、相手が差別的な行動を認識してくれるかどうかはわからない。そういう人間は世界中にたくさんいる。だからコロナの騒動で理性を失って誰かを攻撃したり、物質を買いあさりそれがニュースになる。

私たちは理性を持つことによって人間らしい生活を営もうと努力する生き物だ。しかしその努力を一切しない人間だってたくさんいる。それはフランス人だから、日本人だからとか関係のないことで、この地球に蔓延る人間とはそういう生き物だと認識するしかない。これからの未来、せめてでもそういう人が少なくなればと願うばかりだ。

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