煎茶が苦くて砂糖を入れたくなった話

人の味覚とは不思議なものだ。10年もドイツに暮らし続けていると、慣れ親しんだ日本の味に違和感を覚える。そんなことに時々気がつくことがある。私は28歳の時にドイツに移住した。あれから10年、私は時々日本に遊びに行くことはあってもそこで何年も住み続けることはなかった。ドイツの自宅で時々和食を作ることもある。けれどそれは月に1回あるかないかだ。自然と食事はドイツ風になる。私が毎日のように食べるものは、ポリッジやドイツのパン、コーヒーにクレープ、サラダなど、自分で書きながらもなんだか喫茶店のメニューのようだと感じる。

8月も半ば、太陽の光はそろそろ秋の色に変わりつつあるのに35度の暑い日が続く。あまりにも暑いので氷の入った冷たい緑茶が飲みたくなった。お正月に日本で買った煎茶があったことを思い出し、ヤカンでお湯を沸かしそのままヤカンにお茶っぱを入れ、氷の入ったグラスへ煎茶を注ぐ。だいぶ蛇道なお茶の煎れ方ではあるが、冷たくてすっきりした飲み物に変わりはない。さていざ口に含みゴクゴクと勢いよく飲むが、あまりにも苦くてびっくりして吹き出しそうになった。お茶っぱを入れすぎたわけでもない。色は程よく薄緑色だ。お茶が苦いのではなく、私の味覚が苦いお茶への免疫がなくなってしまったのだ。最後にお茶を飲んだのが正月だったので半年以上日本式のお茶は飲んでいない。あまりにも苦く感じたので夫の真似をして砂糖を入れるかどうか迷った。

10年の歳月というものは恐ろしいものだ。ドイツで暮らすようになる前は毎日のようにコンビニやスーパーで売られている苦いお茶を飲んでいた。その時は苦いと感じていたものの、砂糖を入れるなんて発想には至らなかった。それが苦いお茶を飲まない生活を毎日10年も続けていると、味覚がびっくりしてしまうのだ。地理的に日本から遠く離れた場所に住んでいるが、私の中には日本という国がちゃんと存在している。しかし体はすっかりドイツ化してしまったようだ。

私が移住を決意した時、当時はまだ自分のアイデンティティーがとても曖昧なことに悩んでいた。韓国人でもないし、日本人でもない。ザイニチというどこの国にも所属しない、なんだかグレーゾーンのような存在の人間。そこにドイツという国が10年という歳月とともに加わった。もう、何がなんだかよくわからない。だが、それで良いのだと思う。どこにも属さない、というのが私であり、ラッキーなことにどこにも属さないということが世間で受け入れられつつあるのだ。だから移住当時は私の中にある日本的な部分と韓国的、朝鮮的な部分が薄れていって、味覚や感覚、価値観、ライフスタイル、全て新しいものに変わっていくことに対しての期待のようなものがあった。そして、新しいものに出会える機会とそれを行動に移すことができてとても幸せでもある。どこで暮らし、何を食べ、何を見て、何をして暮らすのか。私たちはたくさんの選択の自由を持っている。

果たして私の中にある、日本的な部分がこの10年間のドイツ暮らしによって消えてしまったのか?と言ったらそうではない。しかし私の中での日本は10年前の記憶で止まってしまっている。だからこの10年間の日本のことは全くわからない。私は28歳の時にドイツに移住した。そして10年経った。あと18年、ここで暮らし続けるとどんな風に私は世界を観るのだろうか。それはそれで一つの楽しみではあるが、今のところそうなるかどうかなんて確証があるわけでもない。私はいつだって、自由でいたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です