心にあるちいさな差別

コロナウィルスが中国から感染を広げて、ドイツでの感染者もちらほら聞くようになった。フランスではアジア人というだけで中国人だと思い込み、コロナの影響もあってか差別的な態度が目立つようになったと聞く。見かけが黄色人種だからといって全てが中国人というわけではないと認識しているヨーロピアンは少ないだろう。アジアや世界に興味を持たないヨーロピアンは黄色人種イコール中国人だと思っている。それはヨーロピアンだけじゃなく、アメリカも南米も、アフリカでもよくある。彼にとってアジアは遠い場所なのはもちろん、生活で黄色人種と触れる機会が少なくて世界を知らないというだけに過ぎない。それがコロナの脅威でアジア人とはなるべく触れいたくないという極端な思考になってしまうのも無理がない。だからといって、差別を黙認するのはよくないことなのだが。

私がドイツに来たての頃、飛行機で移動する機会がありそのキャビンの中にはターバンを被った人が何人か乗っていた。私はまだドイツに来たばかりだったので彼らはまさかテロリストじゃないよね?と疑ったことがあった。当時の私にとって中東、アフリカは未知なるものでテレビやメディアで植え付けられた先入観、とくに911のテロリストのイメージが強く、ターバンを被った中東人はテロリストだと勝手に思い込んでいた。もちろんその飛行機でテロ行為が行われたわけでもなく、無事に目的地まで飛んだのは言うまでもない。

私たちは普段、何気ないメディアやネットの情報で先入観を持ってしまう。それぞれが勝手に頭の中で、真実とはほど遠いイメージを勝手に作ってしまう。それは人間の想像という強い武器でもある反面、弱い武器でもある。勝手な思い込みは誰しもが抱くものだが、それが国単位のコロナのような脅威を前にしたら人種差別の根本になる。コロナだけでなく、テロなんかが起きた時も過去の私のように無知な人はターバンを被っているだけでテロリストだと思い込んでしまう。

世界を知るということは、そういう心の中で自然と芽生えてしまう差別が消えることにも繋がる。海外旅行はエンターテイメントやショッピングなどで自分を満たすだけでなく、自然と外国とはどいうものなのかという教養が身についていく。そこで自分とは違った価値観、習慣で生きている人たちを目の前で経験することは、自身の成長においてとても大切なことなのだ。今の私はターバンを被った人を見てもなんとも思わない。心の中にある小さな差別は、世界を知ることで少しずつほぐれていくのだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です